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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)1234号 判決

控訴人(原告) 株式会社松早石油店

被控訴人(被告) 国

訴訟代理人 豊永道祐 外五名

主文

本件控訴を棄却する。

事実

控訴費用は控訴人の負担とする。

控訴代理人は、「原判決を取り消す。昭和二十三年三月三十一日近海油槽船株式会社の特別管理人塚田辰治郎外三名がした企業再建整備計画認可申請に対し同年八月三十日運輸大臣並びに大蔵大臣がした認可は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被告訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、「(一)訴外近海油槽船株式会社(以下第一会社と呼ぶ)の特別管理人が店頭公告をした事実を否認する。仮に第一会社深川営業所経理部入口に半紙にタイプで打つたものを貼つたとしても店頭公告の効力はない。(二)仮に特別管理人が第一会社の深川、大森の営業所で公告をしたとしても、右両営業所は、第一会社の本店又は支店として登記されていないから、企業再建整備法(以下法という)第十四条所定の公告の効力はない。」と述べ、被控訴代理人において、第一会社の特別管理人塚田辰治郎は、同会社の経理課員関根京平に命じて企業再建整備法施行規則(以下規則という)第三条第一項各号所定の事項をタイプにした書面を、昭和二十三年三月末日から同年四月二十二日頃までは東京都江東区深川佐賀町一丁目二十四番地所在コンクリート造二階建ビル内にあつた当時の同会社本店営業所経理部入口に、同月二十三日頃から同年五月初頃までは大田区入新町五丁目三百四十五審地東京海上ビル四階にあつた当時の同会社の移転先本店営業所受付室入口に、夫々最初は入口ドアの横の壁に、次のドアのガラスの上に、各貼付する方法で店頭公告をした。(2) 第一会社本店は登記簿上東京都千代田区丸ノ内一丁目六番地の二にあり、同所の東京海上ビルを借用していたが、本件整備計画認可申請当時、同ビルは米軍に接収されたため、(一)記載の両場所に営業所を移転したこと、及びこれにつき本店所在地の変更登記をしなかつたことは、認める。当時米軍の接収は遠からず解除され、もとの東京海上ビルに復帰することができると考えられたからである。

ただし、第一会社は、右営業所移転ごとに、株主その他の利害関係人にはその旨各別に通知した。

しかも本件企業再建整備計画の認可申請と同時に、日本銀行は、規則九条の二により、昭和二十三年三月三十一日付の日本経済新聞に、第一会社の所在地を、東京都江東区と表示して右認可申請書の提出があつたことを告示したのである。第一会社は、大田区に移転したことも直ちに日本銀行に通知し、関係書類の第一会社の本店所在地を訂正した。従つて、株主債権者その他一般利害関係人は、第一会社の会社の本店所在地は登記がなくとも、十分熟知し得たものであるから、利害関係人は、本件企業再建整備計画については、店頭公告を通じ、あるいは日本銀行に間い合わせる等の方法を通じて間接に、これを了知する機会が与えられていた。それ故本件店頭公告が登記のない現実の営業所でなされたことにおいて瑕疵があるとしても、右瑕疵は軽微なものであるから、本件認可処分は無効ではない。」と述べた外、原判決事実摘示記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

証拠として、控訴代理人は、甲第一、第二号証、第三号証の一ないし七、第四ないし第六号証、第七号証の一ないし四、第八号証を提出し、当審証人関根京平の証言を援用し、乙第一ないし第三号証の各一、二の成立、第四、第五号証、第七ないし第九号証の原本の存在並びにその成立、第十号証の成立を認める、乙第六号証の成立は不知と述べ、被控訴代理人は、乙第一ないし第三号証の各一、二、第四ないし第九号証(いずれも写)第十号証を提出し、甲第三号証の一ないし七は、昭和二十八年六月四日江東区深川佐賀町一丁目二十四番地の元の第一会社の営業所であつた建物を撮影した写真であると述べ、原審証人塚田辰次郎、当審証人関根京平の各証言を援用し、甲第一号証、第四ないし第六号証、第七号証の一ないし四、第八号証の成立を認める、甲第二号証が著作物であることを認める、甲第三号証の一ないし七が現場写真であることは認めるが、その撮影の日時は不知と述べた。

理由

当裁判所は、本件認可処分の無効確定を求める控訴人の請求が理由がないものと判断し、その理由として、店頭公告に対する事実認定を次のように訂正し、かつその効力についての説示を附加する外、すべて原判決の理由をここに引用する。

店頭公告については、成立に争のない乙第一ないし第三号証の各一、二並びに原審証人塚田辰次郎当審証人関根京平の各証言を綜合すれば、第一会社の特別管理人の命を受けた同会社経理課員関根京平は、規則第三条第一項各号所定の事項をタイプにした書面を、昭和二十三年三月末頃から同年四月二十二日頃までは東京都江東区深川佐賀町一丁目二十四番地所在コンクリート造二階建ビル内にあつた当時の同会社本店営業所経理部入口横の壁、ついで経理部入口扉に、同月二十三日頃から同年五月初頃までは、大田区新井町五丁目三百四十五番地東京海上ビル四階にあつた当時の同会社め移転先本店経理部入口に向つて左横の壁、ついで経理部入口扉に、それぞれ貼付しておいたこと、右二ヵ所とも経理部入口内側に右会社の受付が置かれていたことを認めることができる。原審証人塚田辰次郎の証言中の「玄関入口の扉に紙にタイプで打つたその旨の公告を貼付しました」なる証言は、当審証人関根京平の証言と対照して考えれば、玄関とは第一会社の受付を指したものと解することができるから、用語の不正確な点はとも角として、虚偽の陳述とは認められない。控訴人は、右認定のような紙片の貼付は店頭公告の効力はないと主張しているけれども、店頭とは店先の意で、店(本件の場合は第一会社営業所)を訪問する人の目につく場所であるならば、店頭と解して差支ないから、前段認定のタイプ書類の貼付をもつて店頭公告と認めるのが相当である。さらに控訴人は、右店頭公告のなされた第一会社の営業所二ヵ所はいずれも第一会社の本店又は支店として登記されていないから法第十四条所定の公告の効力はないと主張しているので按ずるに、法第十四条所定の公告の方法を規定した規則第九条第三項には、「第一項の公告は、当該特別経理株式会社の本店の店頭に掲示する方法によりこれをなさなければならない。」とあるところ、それぞれ公告の場所が公告の当時における第一会社の本店であつたことは当審証人関根京平、原審証人塚田辰辰治郎の各証言によつて明らかである。もつとも、公告の当時における第一会社の各本店について登記がなされていなかつたことは当事者間に争がないけれども、登記手続をなさなかつたとしても、右店頭公告の場所が第一会社の本店たることに変りはないのみならず、本件の場合、第一会社の登記簿上の本店がおかれていた東京海上ビルが米軍に接収されたことは公知の事実であり、しかも当時控訴人が第一会社の本店が江東区深川佐賀町一丁目二十四番地にあつたことを了知していたことは原本の存在及びその成立について争のない乙第四、第五号証、同第七号証によつて認めることができるし、当時第一会社がその本店を江東区から大田区入新井町五丁目三百四十五番地東京海上ビルに移転したことを株主並びに取引先に通知したことも当審証人関根京平の証言によつて明らかであるから、かゝる事実関係の下において、第一会社がなした前記認定の店頭公告をもつて規則第九条第三項の要件をみたしたものといつて差支えない。

よつて控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないものとして棄却すべきである。なお控訴費用の負担については民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 草間英一 猪俣幸一)

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